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奨学生インタビュー ASA旭町・柿崎 杏奈さん
■ 朝日に決めたアドバイザーとの出会い。

   新聞奨学生という制度を知ったのは、大学進学が具体的になったタイミングでした。朝日奨学会では全国各地にアドバイザーさんがいて、地元秋田の説明会で実際に会ってお話を伺ったとき、すごく親身になってもらったことを覚えています。困ったことがあってもこれならやっていけそうだと思い、朝日奨学制度にお世話になることを決めました。

■ 慣れない仕事に泣きそうになったことも。

   ASA旭町には大学がはじまる1ヶ月ほど前に配属されました。入れ替わりになる女性の先輩奨学生に、引き継ぎという形で配達ルートや仕事のやりかたを教えてもらいました。

   配達ルートを覚えるのも遅かったほうだと思いますが、何より大変だったのはバイクの運転です。もともとバイクに乗ったことがなかったうえに、新聞を積むとかなりの重量になるので、転倒させてしまったことが何度もあります。特に土曜日はチラシが多いのですが、不運なことに最初の2ヶ月間は毎週土曜日がいつも雨だったので、ちょっと泣きたくなりました。一部一部ビニールをかけるため時間もかかって焦ってしまって。従業員さんに助けてもらって何とか乗り越えることができました。

■ 新聞配達のイメージを変えたふれあい。

   実は、はじめの1ヶ月は軽いホームシックになりました。東京には友人もいなかったので、ほとんど毎日のように両親や地元の友人に電話をしていました。こちらの生活に慣れたと思いはじめたのは、お客さまと日常会話を交わすようになってからですね。購読料の集金で伺ったときに励ましの言葉やお菓子などをいただくことがあったり、毎月お昼をご馳走してくださる方もいて、新聞配達ってひとりで黙々とこなすイメージがあったので、こんなに温かい出会いがあるとは思ってもいませんでした。お客さまに卒業と就職を報告したとき「あなたが区域担当でよかった」と言ってくださったことは、生涯忘れられません。

■ 学業と仕事の両立はスタートダッシュが肝心。

   奨学生生活はとにかく時間がありません。私は1、2年生のころにめいっぱい授業を詰め込みました。4年生からは就職活動もあるので時間の使い方がもっと難しくなるからです。企業の方に事情をお話して、特別な時間に面接をお願いしたこともあります。たくさんの企業に応募する時間はないので、本当に行きたいところだけに絞り、ひとつひとつ丁寧に受けていきました。面接では奨学生生活のことを尋ねられることが多く、熱意と忍耐力が評価されて、志望していた広告関係の会社に入社が決まりました。

   自分はなぜ奨学生になったのか。常に初心を忘れずにやり遂げれば、大きな自信になって返ってきます。皆さんもぜひ頑張ってください。

※奨学生の経歴は2016年1月現在のものです。